彼女――柊瑞樹(ひいらぎみずき)は、その日も診察室で俯いていた。 カウンセリングを行おうと問いかけをするも、彼女は光が宿らない虚ろな瞳のまま反応しない。 以前は学校のチアガール部に所属し、その輝かしい笑顔で観るもの全てを魅了していた明るい彼女…。 しかし、そんな彼女の姿はもうどこにもない。 ――ストーカーによる悲惨な暴行事件の被害者となってしまったから。 壊れてしまった彼女を、精神科医としての矜持にかけてなんとしてでも快復させたい…僕はそう強く思っていた。 ―――そして、数ヵ月後――― ようやく彼女は以前の笑顔を取り戻し始めていた。 トラウマのリハビリには想像を絶する苦痛が伴う。原因となった場面を何度も詳細まで思い出し、正面から立ち向かっていかなければならない。 彼女もまた当時の感情や感触を思い出しては何度も泣き崩れた。 しかし、彼女はついにその苦しみを乗り越えた。 それは医者である僕の力ではなく、彼女自身の絶え間ない努力によるものだった。 診療所での治療も無事終わりが近づきつつあった。 ――しかし。 その頃、僕は彼女の輝かしく愛くるしい笑顔を前に医者としてあるまじき一つの思いに強く囚われるようになっていた。 「彼女と離れたくない」 そんな、思いに……。 しかし、治療が終わってしまえばもう彼女と会うことは二度となくなってしまう。 どうすれば、一体どうすれば――…。 その時、焦る僕の頭の中に一つの考えが浮かんだ。 あぁ、そうか… 僕が、この手で彼女をもう一度……